MDPF利活用事例 Vol.3
AtomWork-Advを活用した新規Eu²⁺賦活蛍光体のデータ駆動型材料探索
小山 幸典
国立研究開発法人物質・材料研究機構
マテリアル基盤研究センター
材料設計分野 データ駆動型無機材料グループ
主幹研究員
プロフィール
※この利活用事例は、2024年10月17日に開催した第3回 技術開発・共用部門オープンセミナー ~MDPF利活用事例の紹介 [AtomWork-Adv]~(題目:所望の発光色を持つ新規Eu²⁺賦活蛍光体のデータ駆動型材料探索、講師:小山 幸典氏)を基に作成したものです。
ポイント
- データ駆動型の効率的な新規蛍光体探索
- 機械学習による発光ピーク波長の高精度な予測
- AtomWork-Advを用いた新規ホスト候補の選定
背景と目的
照明やディスプレイ用途での高性能蛍光体材料の需要が高まっています。しかし、従来の実験による探索では時間と労力が課題であり、理論計算も精度に限界があります。本研究は、この課題を解決するために、データ駆動型アプローチを採用し、ユーロピウム2価賦活蛍光体の開発を目指しました。具体的には、発光ピーク波長を予測する機械学習を活用し、無機材料データベースAtomWork-Advから新規緑色発光蛍光体の候補材料を選定しました。そして、これらを実験的に合成し評価することで、緑色発光を示す3つの新規蛍光体を発見することに成功しました。
本研究の概要
この研究では、ユーロピウム2価を発光中心とする蛍光体を取り上げます。蛍光体はセラミックスのホストにユーロピウムが添加された材料で、光を当てると4f電子が5d準位に励起され、励起された電子が4f準位に戻るときに発光します。発光特性はホストによって大きく変化しますので、新規蛍光体の開発は新規のホスト化合物の探索であると言っても過言ではありません。(図1)
従来の蛍光体探索は実験による試行錯誤や理論計算で行われてきましたが、限界もあり、データ駆動型アプローチによる蛍光体探索が注目されています。本研究では、発光ピーク波長の機械学習を活用して緑色発光を示す新規蛍光体を探索しました。(図2)
本研究では、蛍光体データを収集し、発光ピーク波長の機械学習モデルを構築します。このモデルを用いて緑色発光が期待できる新規ホスト材料を選定し、実験で合成・評価を行います。(図3)
ユーロピウム2価賦活蛍光体のホストと発光ピーク波長は、蛍光体のハンドブックや論文から集めました。ただし、データの精査が必要です。ホストが適切な組成か、不自然な発光ピークがないかなどを精査し、信頼できないデータは除外しました。最終的に129件のデータを採用することになりました。(図4)
発光ピーク波長を予測するための機械学習では、ホストの化学組成と結晶構造から特徴量を得ました。この中から予測に対して有効な特徴量を選定するため、相互情報量に基づく特徴量選択と再帰的特徴量削減法(RFE)を用いて、1,000以上の特徴量から約100まで絞り込みました。最終的な発光ピーク波長の予測には、勾配ブースティング法とバギングを組み合わせています。(図5)
ホストの特徴量として、化学組成と結晶構造由来のものを用いました。化学組成は、電気陰性度や原子半径などを統計量化して数値化しました。結晶構造は、ユーロピウムの置換サイトに着目し、局所構造と化学環境を表す特徴量を作成しました。最終的に1,000以上の特徴量を生成し、これらから発光ピーク波長との相関があるものを絞り込む工程を実施しました。(図6)
機械学習モデルを用いてホスト候補を選定するために、AtomWork-Advの化合物を利用しました。2価のユーロピウムで置換するため、カルシウム、ストロンチウム、もしくは、バリウムを含む典型元素の酸化物を選びました。機械学習モデルにより500から550nmの発光波長が予測された化合物を選定しました。(図7)
蛍光体の合成は、出発原料に酸化物または炭酸塩を用い、大気中で焼成しました。出発原料のユーロピウムは3価のため、2価に還元することを目的として焼成後に還元処理を実施しました。得られた試料は粉末X線回折(XRD)測定と粉末フォトルミネッセンス(PL)測定で予備分析し、単粒子診断法で詳細分析を行いました。(図8)
粉末試料をXRD測定およびPL測定により予備分析しました。XRD分析により、19試料で目的相を70wt%以上の純度で得られていることが分かりました。その19試料のうち10試料がPL測定で発光を示し、その中の3試料から目的としたユーロピウム2価による発光が観測されました。この3試料を単粒子診断法で詳細分析した結果、いずれの試料も目的相が発光していることを確認でき、3つの新規ユーロピウム2価賦活蛍光体を発見することができました。機械学習による予測通り、発光はすべて緑色または青緑色であり、この結果は機械学習が発光色の効率的な絞り込みを可能にすることを示しています。(図9)
今後の展開
本研究で採用したデータ駆動型アプローチの手法を拡張し、さらに多様なホスト化合物の探索に適用する予定です。この手法が他の蛍光体材料にも応用可能であると考えており、異なる発光特性を持つホスト化合物の予測と合成に向けて研究を進化させる計画です。また、AtomWork-Advを活用することで、研究者が未活用の化合物を発見できる新たな道筋が開かれることが期待されます。
参考論文
Y. Koyama, H. Ikeno, M. Harada, S. Funahashi, T. Takeda, N. Hirosaki
"Rapid discovery of new Eu²⁺-activated phosphors with a designed luminescence color using a data-driven approach", Mater. Adv., 2023,4, 231-239.
https://mdr.nims.go.jp/concern/publications/1n79h7808
本事例で使われたDICEサービス
https://atomwork-adv.nims.go.jp/service.html
「試行錯誤による材料探索では、どうしても既知材料に類似した材料を検討しがちですが、機械学習を活用してAtomWork-Advを網羅的に探索することで、材料探索の範囲を格段に拡張することができました。今後もAtomWork-Advから埋もれた有望材料を発掘し、材料開発につなげていきたいと考えています。」(小山氏)
セミナーアーカイブ動画
第3回 技術開発・共用部門オープンセミナー動画
(講師:小山 幸典氏)
本件に関する問合わせ先
国立研究開発法人物質・材料研究機構
技術開発・共用部門 材料データプラットフォーム(MDPF)運営室
Email: mdpf-pr=ml.nims.go.jp ([ = ] を [ @ ] にしてください)